一般社団法人 西宮市歯科医師会

親知らずについて(1)
柳 治夫
Q:「親知らず」というのはよく聞くことばですが、「親知らず」には正式な呼び名があるそうですね。

A:日常会話で親知らずが萌えてきて痛いとか、腫れたとかいう話を耳にされる事があると思います。この「親知らず」と一般に呼ばれている歯は、正しくは「第三大臼歯」といって全ての歯の中で最も遅くに萌えてくる歯です。ただし、この歯は傾いて萌えたり、顎の中に埋まって萌えてこなかったりするため、正常に機能しているのは20%以下であり、現代人の4人に3人は親知らずを抜歯しなければならないと言われています。
 ところが親知らずを抜歯すると命取りになるという迷信が一般の人々の間に根強く残っており、抜歯をためらう人が少なくありません。確かに他の歯に比べて抜歯の技術がやや難しく、時として抜歯後の痛みや腫れが強く出る事があります。ただし現代の歯科医学の発達と技術の向上はこのような手術後の問題を克服できるようになってきており、親知らずの抜歯は決して危険なものではありません。今回は親知らずについて正しく理解していただくために、その特徴、治療の方法、抜歯を受けるに当たっての注意などをお話したいと思います。


Q:どうして「親知らず」という名前がついたのでしょうか?

A:親知らず、すなわち第三大臼歯をなぜそのように呼ぶのかは色々な説があるようで、大変興味深い話題ですが、ひとつ紹介させていただきます。親知らずが萌え始めるのは早い人で14歳、遅い人で20歳くらいと言われています。他の永久歯は大体12歳位までに上下左右28本がすべて萌えそろいますが、この第三大臼歯だけが萌えてくるのが遅く、成長してしまって親が知らない頃になってからやっと萌えるので、これが親知らずの名前の由来になっているようです。また英語圏では、この歯を"wisdom tooth"すなわち智恵の歯と呼んでいます。日本語でも「智歯」と訳されていますが、智恵がついたころに萌えてくるという意味でこう呼ばれるそうです。


Q:親知らずはなぜ正常に萌えてこないのでしょうか?


A:最初に述べましたように、親知らずは傾いて萌えたり、萌えずに顎の骨の中に埋まっていることが多く、正しい位置に萌えて来ない事が多いのですが、この原因にはいくつかあります。最大の原因は、現代人の食生活の変化であると考えられています。昔の人の食生活は相当に硬い食品が中心で、硬い木の実や調理しない肉を食べるため、顎の骨がよく発達し親知らずが萌える余地が十分にありました。ところが現代人の食事は調理された軟らかい食品が多く、特に幼少期の食品が軟らかくなっています。例えばハンバーグのような肉をつぶした軟らかい食品などは、古代の人には考えられないことなのです。結果として現代人の顎の骨は次第に小さくなり、成人してから最後に萌える親知らずのための場所が不足することになり、正しい位置に萌えることができなくなるのです。


Q:親知らずはどのような問題を起こすのでしょうか?


A:親知らずが腫れて痛むというのは一般の人にもよく知られています。他の歯は虫歯がひどくなる事によって痛む事が最も多いわけですが、親知らずが腫れたり痛んだりする原因のうち最も頻度が高いのが「下顎智歯周囲炎」という病気です。これは下の顎にある親知らずの周りに炎症が存在する状態を言います。
では、この下顎智歯周囲炎はどうして起こるのでしょう?
 正常に萌えている親知らずや、下あごの骨の中に埋もれたままの親知らずでは、このような病気にはなりません。半分頭が出ていて前の歯につかえているような状態の場合、食べかすがたまりやすく、歯磨きでも取れにくくなります。
こういった状態では親知らずが当然虫歯になりやすいのですが、さらに歯と歯ぐきの間の深い溝に食べかすが入り込み、そこで腐ってくることが原因で起こるのです。また歯は正常に萌えていても、やはり顎のスペースが狭いため後方の歯ぐきが親知らずに被っている場合も歯ぐきと歯の間に食べかすが入り込みやすく、いったん入り込むと歯磨きやうがいでもなかなか取れません。中に入ってしまった食べかすは体温で温められ、口の中にいる細菌によって腐敗して炎症の原因になるのです。


Q:そういう問題のある親知らずには、どのような処置をするのでしょうか?


A:症状がごく軽度であれば適切な歯磨きやうがいによって溝の中の腐敗物を取り除く事により症状は軽くなります。しかし症状が進んでいる場合には、炎症を抑える抗生物質、また発熱や痛みに対してはそれぞれ解熱剤、鎮痛剤が処方されます。症状がさらに進んで開口障害(口が開かない状態)が強く食物摂取が十分できない場合は点滴で水分を補う必要が生ずる場合がありますし、膿が溜まっている状態であれば切開して膿を出さなければなりません。炎症が治まった時点で原因となった親知らずを抜歯するとか、被っている歯肉を電気メスで切る処置をすることになります。
 ややもすると、たかが親知らずが腫れたくらい大したことはないと考えがちですが、大学病院の入院患者にこの下顎智歯周囲炎をこじらせた人が多いという事実を知っていただき、早期に処置をすることを心がけていただきたいと思います。

 参考:夏目長門、鈴木俊夫著
     「親知らずのはなし」
     医歯薬出版 1992年